アラフォー女バックパッカーの無敵の旅の話

働きながら、少ない給料と有給休暇をフルに使って旅をしてきた勝手気ままな女が、陸マイラーという概念に出会った物語(現在進行中)。旅の話や旅で撮った写真もはさみつつ。

今日は大事な人の誕生日なのでその人のことを書いてみます。

お題「雨の日」

今日は私にとって特別な日です。大事な2人の誕生日です。お祝いがてら、2人のうちの1人のことを書いてみます。今まで口に出してないことをダラダラと書いてみました。

彼女は、私にとって、中学2年の時からの大親友と言っていい存在です。始業式にクラス替えをして、クラス毎に整列する際に私のクラスの列に彼女がいました。あまり自分から話しかけるようなことをしない私が、自ら声をかけました。

「先週の、ナンチャンを探せ!で、テレビに映ってなかった??」と尋ねました。

アラフォーくらいなら覚えてる人もいるでしょうか。ウッチャンナンチャンの番組で、ダウンタウンが出てて道頓堀でナンチャンをみんなで探すスペシャルな回です。それに、通行人で映っていて彼女は、ダウンタウンに、「ナンチャン見た?」と尋ねられていたのでした。「同じ中学の人が憧れの松っちゃんに話しかけられてる!」と羨ましく思った相手が彼女でした。ダウンタウン好きで話が合い、音楽の趣味も合い、それから以降は、数々のミュージシャンを共に愛して参りました。ライブも数え切れないくらい共に参戦しました。

彼女とは、不思議と趣味だけでなくタイミングまで合う始末。いや厳密に言うとほんの少しだけ先を行くのが彼女。高校生の時に、TSUTAYAでデヴィッドボウイのアルバム「ジギースターダスト」を借りようとしたら貸し出し中。「実は今、BOOWYじゃないボウイに興味を持ってんねん。でも発売してから20年くらい経つのに、今時、私以外に借りる人いるんやなー」と彼女に話したら「ごめん、それ私やわ。すごい偶然!!」と言ったり。お互い、ボウイのことをまだ口にも出していない頃でした。

また、誕生日が3日違いで2人でよく一緒に祝ったものです。

2人とも双子座で、彼女いわく、「双子座は気が多いし飽き性」らしく、ころころ夢中になるものが変わっていきました。ころころ変わっても、本当に趣味が合ったので、2人でいつまでも音楽やお笑いや恋の話を笑いながらしていられました。

また、2人とも最強の雨女で(雨女という概念は彼女から学びました)、数々の大雨に2人で打たれてきました。2人で何か特別なことをしようとすると大雨。

FM802の野外ライブイベントのリハーサルに忍び込んだ時も雨。万博公園のお祭り広場の屋根の下で雨をしのぎながらリハーサルの音を2人占めしたり。

2人で名古屋に行った時も大雨。しかも野宿。

天神山で行われた第一回フジロックフェスティバルも2人で台風に直撃。私のサンダルはちぎれ、彼女のA.P.Cのジーパンも泥だらけ。テントを持たず寝袋だけで野宿。「寝袋に雨が入ってくる!」と言って眠れない夜。暴風雨の中、レイジを最前列で目撃し、レッチリまで耐えようと思ったらイエローモンキーで彼女は潰されてしまいました。「助けて!」という彼女の声に、「私が助けなきゃ!」と必死に倒れた人の間から彼女の手を引っ張りました。軍人上がりの外人セキュリティーにエビゾリの形で担がれて連れていかれた彼女。避難所で毛布にくるまって一晩を過ごしたり。階段で寝てたらピエール瀧にまたがれたり。

ミッシェルガンエレファントの解散ライブの幕張も大雨。

あげていったらキリがないくらい。思い出に大雨もセットだから彼女のおかげで私は雨が実は好きです。

彼女が結婚することになった話を聞いた夜も、バケツをひっくり返したくらいの大雨。なぜか、あの日の洪水みたいになっていた水たまりをすごく覚えています。それを見て2人でゲラゲラ笑った。笑い声が聞こえないくらい激しい雨だったけど。

最後の夜も、夜の間中、ずっと大雨。シドヴィシャスのMY WAYを、彼女に最後にプレゼントするためにTSUTAYAに行った寒い夜でした。

 

そして、彼女は、性格がものすごく良い。とにかくいい子。素直で、おもろくて、優しくて、かわいくて、嫌われたことなんて多分一度もない。

それと、ずば抜けたファッションセンス。何もかもセンスがいい。よく真似したけどなんか違う。独特のセンスを持っていました。

私は、彼女と一緒にいると、自分がダサくて、性格も歪んでて、恥ずかしくなるくらいだったし、いっつも羨ましかったけど、妬むとかいう気にもならないくらいのいい子だったので完敗宣言。憧れの女子であり女性です。

そうそう、ここだけは大きく違ったけど、彼女は旅はあまり好きではありませんでした。彼女が短大時代に、オーストラリアにホームステイに行った時も、「早く帰りたいよー」とエアメールを私に送ってきていました。私と違ってさみしがり屋だからきつかったようでした。

彼女は困った時は、私にいつも助けを求めました。私を頼りにしているのはすごく分かりました。私も、「何とかしたげる!」といつも答えていました。彼女の飼っていた犬を手放さなくてはいけなくなった時も、私が勢いで「何とかしたる!」と言って犬を引き取った時、母にひどく叱られましたが、彼女が喜んでくれたのでそれだけで嬉しかったのを覚えています。

 

28歳の時、私が1人でイギリスへ旅して、ロンドンから、パンク好きの彼女にパンキッシュなポストカードで浮かれたハガキを送りつけ、くだらないお土産を持って帰ってきました。

私がイギリスにいる間に、彼女に変化があり、家族以外の誰とも会わないと決めていたようですが、私があまりにしつこかったからか、私と会ってくれました。

会った時、たくさんのことを後悔しました。

とてもくだらないことだけど、それどころじゃないのに、何であんなガイコツをモチーフにしたハガキなんかをロンドンから送りつけちゃったんだろうと、そんなどうでもいいことを繰り返し後悔しました。

それから2ヶ月間、私のワガママで、ほぼ毎日会うようになりました。

今思えば、そんなに毎日のように会うのは学生の時以来だったけど、2人とも中学生ではなくなっていて、彼女は優しいままだったけど、口数は少なくなっていきました。私も彼女も、いつもお互いに正直でいたのに、嘘つきになっていき、私は嘘の笑顔まで見せるようになってしまいました。

だんだんと彼女と私は、一緒に笑うこともおしゃべりをすることもなくなりました。私は、彼女にだけは嘘をつきたくなかったのに、「大丈夫、大丈夫」と言ったし、怖くて仕方なかったのに作り笑顔でい続けました。彼女も嘘を突き通して平気を装っていました。涙をお互いに一度も見せませんでした。

 

2ヶ月後、「悔しい」とやっともらした彼女の本音に対して、彼女の夫は「そんなことない。悔しくなんかない。大丈夫。」と即答しましたが、私は嘘をつきたくなかったので「うん」とだけ言って彼女の手を握りました。

心の中の言葉は飲み込みました。

 

私も悔しい。悲しい。何でこうなったの。誰か助けて。ごめん。行かないで。置いて行かないで。もう楽になっていいよ。かわいそう。何でなん。怖い。どうなるの。行かないで。

 

「悔しい」が彼女の最後の言葉になってしまったのですが、あの時に何て言ったら良かったのか今でも時々考えます。

 

彼女は、フジロックのあの時のように、私に助けを求めたかったはずなのに、言葉にしませんでした。私も、私が助けなきゃと思ったのに無力でした。転移して手遅れになっているガンに対して、私ができることなんて何もありませんでした。

 

あの後、私の頭でずっと鳴っていた音楽も消えてしまい、雨の思い出も悲しいだけのものになっていました。

 

病院で、私に対して「これからもどこへでも1人で行ける」とポツリと言ったことがありました。最後の少し前でした。その言葉が心にずっとあったのですが、あの後の私は、「どこにももう行けない」と思っており、自分の一部が、一緒に消えてしまったような感じがしていました。

 

寝るか仕事するかの繰り返しの合間に、何事もなかったように楽しいフリして過ごす嘘つきも板につきました。ただただ逃げ出したいと思いながらも仕事をしていましたが、私はどこにも動けなくなっていました。

そんな中、彼女からの思いがけない素敵な置き土産があり、その存在が私の支えになっていき、何とか日々を過ごすことができ、日常から逃げる力も湧いてきて、一年後、仕事を辞めて、インドへ旅に出ました。 何もかもから逃げ出したのでした。

 

旅が以前の私に少しずつ戻してくれました。

頭の中に音楽も戻ってきました。

 

旅先で彼女が夢に出てきました。最後の痩せ細った姿ではなく、もう元気な姿になっていました。

 

1人で旅をしてて、雨の日は、空を見て笑ってしまいます。「やってくれたな、もー!」と。

 

ライブに行くと「聴いてる?これ好きやろ?」と隣に尋ねます。

 

1人でいても1人ではなくなってしまいました。1人の時こそ彼女との時間になります。

 

一人旅に出た時やライブに1人で参戦した時、誰かに「1人?」と聞かれた時に、コンマ数秒の間が私の中にいつもあります。

「厳密に言えば1人じゃないけど、もう1人いてるけど、見える姿は1人やし1人と答えておこう」

そう思っています。

旅はあまり好きではなかった彼女なので、旅の魅力を彼女に伝えようといつも思っています。

「どこへでも1人で行ける」と言ってくれた彼女の言葉通りに。

 

私は40歳になってしまうけど、いつまでも20代のままの彼女の誕生日。

11年半前は悲しくて悔しくてドン底にいたけど、

11年半経っても、悲しい気持ちはまだまだ消えないけど、

まだまだ続く私の旅の最後の最後に、たくさんの土産話を持って、彼女に会えることを願って。

時々雨の日に慰めてもらって私は私の旅を続けていきます。

「一人旅」に、コンマ数秒の間を空けながら。

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フジロックで雨のあがった翌朝。